いま、こんな感じ。

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 ――フロオベエルはお坊ちやんである。弟子のモオパスサンは大人である。藝術の美は所詮、市民への奉仕の美である。このかなしいあきらめを、フロオベエルは知らなかつたしモオパスサンは知つてゐた。フロオベエルはおのれの處女作、聖アントワンヌの誘惑に對する不評判の屈辱をそそがうとして、一生を棒にふつた。所謂刳磔の苦勞をして、一作、一作を書き終へるごとに、世評はともあれ、彼の屈辱の傷はいよいよ激烈にうづき、痛み、彼の心の滿たされぬ空洞が、いよいよひろがり、深まり、さうして死んだのである。傑作の幻影にだまくらかされ、永遠の美に魅せられ、浮かされ、たうたうひとりの近親はおろか、自分自身をさへ救ふことができなんだ。ボオドレエルこそは、お坊ちやん。以上。

太宰治「逆行」@青空文庫より。

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