しばしば

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久しぶりにエントリするような気がいたしますが、忙しいというわけでもない。
なんか、ぼーっとしていて書くまで至らなかったみたいな。
twitterにpostするとそれで満たされてしまうのかもしれない。


スリジェダムールのケーキ。

うまかったよー。
クリームチーズを布で絞ったようなのは始めてたべたけど、白いワインといっしょに食べたら、いい感じでした。

チョココーティングされてるのは、一見チョコが固そうなんですが、じつはとろっとしています。甘かったです。


以前載せた大麻だめポスターは、英語版もできていました。
ポスターつくるの好きですね。
それだけ。

帰省したときに、同窓会に行ったのですが、ほとんどの人が働いていて、むしろもう今の仕事にあきたので転職するというひともちらほらいて、中学生の時には想像しなかった、大人な世界だなあと。
そんな状況を自分はよく把握できなくて、混乱していたのですが、いや、今でも心にうまく納めることができなくて忘れてしまうのを待っているのです。
中学生の時の自分は確かに記憶にある。そこにいたと思う。
けども、それが今の自分と連続性をもち繋がっているのか、同一なのか、理解しかねる。

旧友をみて、昔こんな雰囲気の人いたなあと記憶が蘇るとともに、そのひとの私に対する受け答えを見て、私ってそういうキャラクターだったのだなあと昔の自分のことも思い出した。
中学生のときは私は非常に真面目だったようです。今では想像できない。

友人は根っこの部分はほとんど変わっていなかった。土地とともにそこにあった。
見た目はだいぶ大人っぽくなった。

そのころよく遊んだある友達はなくなっていた。
私ももうすぐ死ぬだろうな。20越したらあとは死ぬだけ。

そのころ好きだった不思議な雰囲気を持つ子とは成人式のときに話しかけられなかったけれど、今度は話す機会が持てた。
伝えたいことは言葉に表現できなかったけど、雰囲気で伝わったかなと思う。
昔の自分が好きだったのも分かる。
あの子に会えてよかったなあと。

お人形さんみたいに可愛くなっている子もいた。
今考えると昔もお人形さんみたいだったかな。そのまま変わっていないだけか。

旧友はほとんどが残らず地元に住んで地元で働いていて、驚いた。
自分はとびとびの3箇所に移り住んで、もう地元近くに住むことはないだろうと常々思っているので、カルチャーショックだった。
あの田舎に、地方に、一生いて、外にでない。
そんな狭い世界で楽しいんだろうか。幸せなんだろうか。
いやま、東京だけで、日本の中で、地球の中で、満足してしまっている私も大して変わらないのかもしれないが。
物理的な距離が離れてなくても、一人が体験できる範囲はそれよりずっと狭いから、コミュニケーションとる範囲で考えるとたいして変わらないのかもしれないが。
しかし、でも、私が大阪、札幌、東京で体験したものは、田舎にはない驚きがあって、これがないなんて考えられない。
なかったら、昔の私と今のは連続したつまらないものだったかもしれない。

地元でよくわからない仕事につくよりも、今みたいな変な地域でへこへこ頑張る方がおもしろい人生だと思う。
けれど、どうだろう。卒業した後は、どういうことをすると、前者にならないのか。
結局、どういう職についても前者のように端からは見えてしまうのかもしれない。

前者は、元気がない。目的がない。ただ細々とその先をつづけて食べてゆくために、仕事をしているように見える。
仕事はなんでもよくて。ただ楽な方に。という人が多かった。
生涯学習、技術向上みたいな人はどれだけいるか。
しかし、いずれ死ぬし、何を目的に学習するのか。

あと死ぬだけになった今、何を目的に生きれば良いんだろう。
これが私が混乱している理由だろうな。わかった。

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