東京であそんできた

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

今日は学校行こうと思っていたのですが、気分が変。だったので、東京で遊ぶことにしました。7時から3時間ほどネットで行き先を探したのですが、よくいく美術館らは企画展示してなかったり、展示物がぱっとしなかったりで結局決まりませんでした。
けれど、そのまま悩んでいても、引きこもって終わりそうだったので、とりあえず電車に乗って移動しながら強引に行き先を決めました。

というわけで、一つめは国立近代美術館。
高梨豊 光のフィールドノートhttp://www.momat.go.jp/Honkan/yutaka_takanashi/index.htmlを見てきました。
東京を中心とした、1960年70年80年90年そして2008年の写真がありました。
古い時代のモノクロ写真をみると、こんな時代もあったのだなと思う。自分の生まれる前の、私の知らない昔。ここにいる今を楽しんでいる若者たちは、今は生きていてもおじいさんおばあさん、だな。私のおばあさんの若い頃はこんな風だったのかと知る。
そして80年代のはなんだか、みたことあるような懐かしい風景。でも、古い。私が知っている気がするけど、今にはないようなダサいファッション。でも現代のカッコいいファッションも数十年たったら、ダサく思われてしまうんだろう。文化は変わるから。

引き続いてみていく。多少新しくなってく気もするけど、変わらない。でも2008年という表示をみて、驚く。この白黒写真の古い風景は、昨年のことか。

自分が白黒写真を見て古いと思っていたのは間違いで、自分が見ているのと違う街並みと人がそこに切り取られていて、それが私の知らないものであるから、「古い」と判断していただけなのかなと思った。

街はそうやって変わらず存在して、人の方は数十年でどんどん入れ替わる。生まれて生きて死んで。
昔の人たちはどうやって生きたんだろうか。今となっては、なにも意味などないことを必死でやったのだろうか。

とゆー感想。その後、横山大観の生々流転みて、ながーと思った。よくこれだけの大作を書く気力が続くなと。こういうのは若くて勢いあるうちの仕事かなと。けど私はもうそんな気力ないぞと。作品は、冗長な部分有るなとも思った。常設展は、点数多すぎ。重文指定のも、え、これが重文?みたいなのだった。というのは、私が疲れていたから。じっくり見る気力が残っていなかった。コラージュ展も同様。

休憩室から。

3時間も美術館にいました。

二つめは、渋谷のbunkamuraへ。ル・シネマ | Bunkamura
渋谷はおしゃれな若者が多かった。
「PARIS パリ」を見てきました。
群像劇というのか、パリに生活する様々な人々を部分部分切り取ったお話で。
大変、興味深かったです。
冒頭と最後の主人公の語りが作品のテーマを強く押し出していて、そういうのは私はすきになれなかったですし、作中も、こういうのは不幸せだろう?という作り手の主張が含まれているようで、それには同意できなかったのですが、何をどう生きるのが最善と考えるのかを問いかけてくれた点で私にはクリティカルに心に響く作品でした。
どう死ぬかというのは、何に価値を見いだすかが密接に関連していて。
時間は確かに流れているのでしょうか?
止まっているようにしか思えない。動く時計の針を発明してしまったから、時は流れるものだと錯覚しているのではないか。

と思う。
DVDでるならほしいよ。あと、もっといろんな映画館で放映すればいいよ。関東で3館だけって。関東にいてよかったなーと思う時ではありますが。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す