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掃除してると、家具とかみんな捨てたくなる。テレビいらんし、コンポもヘッドホンアンプだけでたいてい済むし、服とかもうオサレがんばる歳でもないし、こたつは寒いの我慢すればよくない?とか。いままで集めた学術書は一番お金かけてることもあってどうしても捨てがたい。けれど、それさえも、本を必要とする自分が死んで居なくなれば捨ててしまえるな、と思い至り、そこで思考が止まる。

というのはもう何度目か。
身軽になりたい。
けれど物への執着心を捨てるというのは難しい。
キリスト教での洗礼は、現世での命の死を意味し、
仏教の出家もまた然り。
回心もとい改心というのは、死ななきゃできないくらい難しいものだと教えてくれます。

食べ物はいいよねー、可愛い、綺麗ーと思って買っても消費できてしまって跡が残らないもん。そう。他人に後に残るものをプレゼントするのは私には難しい。食べ物、石けん、香りのもの、花、とかばかり贈ってるわ。逆に後に残るものを贈られるとうれしいけど一寸困る。

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