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谷汲駅という名の取り壊された駅とそれをふくんだ夢をみた。現実の駅とは違う。山中登り坂の途中にあって、一階部分が神社で二階部分が駅舎。神社は横に洞窟への入り口があって、子供の頃そこに女友達らと内緒ではいった思い出がある。今は駅舎はなく、その裏で言語を知らない民族、一集団20人ほどが生活しており、私はその研究・フィールドワークの様子を見た後、黒い糸で平編みされた20x4cmのピースを思いのまま編んでつなぎ合わせている。たいていは交互にピースが重なっていくようにあるいは本のようにつなぐ。私は短期記憶を失っており、毎日その編み物をしているがそれをそうだと今まで認知せず続けていたようだ。家族がその様子を見守っている。その後私は後部座席が広い車に乗り込み、トリートメント・リンスなしでシャンプーをし続ける。あるいは編み物をしていた場所と同じかもしれない。(あ、たぶんこれは実家の台所の空間配置が参考になっている。)それが本当は髪をきれいにすると隣でやはりシャンプーしている人に教わって、ひたすら毎日毎日しつづける。後部座席には4人分のシャワーが設置してあって、4人と子供一人が乗っている。運転手は別にいるぽい。し続けたら、ほんとに髪きれいになった。けれど、これは毎日こうしてやり方を教わりつつ続けないと、心配になって続けるのは無理だろうなあと実感した。そして、渋滞のように車がごみごみしているなかで二列駐車するのだけども、歩道側にスペースを確保するように交通整理している警察に言われて、スライドするように、隣の車にぶつけつつスペースを確保する。(マルタの元旦のむちゃな渋滞のときのバス運転手の無茶な運転がもとか)そんで駐車したら元の駅舎の裏に戻ってきていたような。そこで女友達の一人と再会して昔内緒で洞窟にはいって遊んだことを話し懐かしさがこみ上げる。禁忌の場所まで入ったかどうかは不明。(子供だからたぶん許してくださるよね・・。甘いか)そして死んではだめだといわれ、私は編み物ではしねないから大丈夫だと思う。自殺未遂をしていて、それが地元のひとたちに知れ渡っているようす。あとどうだっけ。
このエントリって朝起きて見ると、頭狂っているって感じて世間から思われるのもいやでデリってしまう的なエントリじゃないだろうか。メモとしてたぶんそのままにするけど。いいたいことは頭狂っていないよ、たぶん。
物理など科学学問はかわらない真実を求めるので、返せば誰が研究しても同じ成果が得られるので、誰がやってもよいが、小説など芸術?はその人でないとできないことであり、それは尊いことだと思った。普遍な真理っつても死ぬまでの間で、かつ人間の知覚できる範囲で不変な真理ですよ。それに価値を置くのでしょうか。
起きて、神社的な洞窟的なところに子供の頃内証で友達と入ったことあったかと思い出そうとするけど、たぶんなかったか、忘れているぽい。これは忘れてはいけないことだったりしないか。本当になかったか。これが夢のなかで一番気になる。
大人になってだいぶ忘れていることがあると、ときどき気づくので。河川敷の林の大木に上れるようにして秘密基地としようとしたこととか思い出した、河川敷にある入り口が崖になってる洞窟に男友達と探検しにいったけど、あれは今の土地勘からするとどの場所に相当するのだろう。子供の頃には、その時の脳内地図があった。他の地図とのつながりが体系的ではないが、ひとつひとつが非常に濃密であって、縁石のかけた部分の記憶もその地図に入っていたはずだ。
現在の脳内地図で一通りさがしまわったけれど、女友達・内証・神社というのは丸山で、洞窟はなかったと思う。何かと混ざっている?
八百万の神、というかアニミズムのような原始宗教を信じているのは、そういう田舎での体験があったからだと思う。山と平地の境の村で、山には人の手の入っていない部分が多くあったし、人の手の入っている部分とも入り交じっていた。入ってはいけない場所だとかお化けがでる道とかいろいろ。エリアーデのいう聖化されていない場所というのともちょっと違うのかな。人間と自然(神)の共存しているエリアでありました。少なくとも子供の感覚・体験では。たぶん大人の感覚を会得したいまであっては、その闇というか人知の届いていない領域も、ただ手の入っていない場所と知覚されると思う。自然への畏怖なく。ただ、うっそうとしていて危険だなと。
私の語彙はこの夢を表現するには少なすぎる。
たぶん夜のこういう時間でないと、現在の世界観・世界認識というか、生活認識が邪魔して書く前にすぐ忘れてしまう。必要もないルールで自らを縛りつけている。ああでなくてはいけない、という自制。これはなかったらどうなるんだろう。より明るい世界になるのか。
畏れの感覚というかこの懐かしい感覚って、公共交通機関で一人旅をしてぶらぶら観光スポットでもなんでもないところに入り込んでいると今でも感じられる。徒歩で、その場所をよく観察してその場所に関わった人たちの歴史を考えることが必要なの。寒い時期の一人旅いいよね。温泉地とかいかがでしょうか。寒いと頭がよくうごく。また今年も。夏というか秋までにやっていたことを振り返って、え、なんでこんな馬鹿な生活してるのとか思う。札幌に戻りたい。札幌の前の住まいは聖化されていた私的に。
まあこの現在の生活認識を一時的にとっぱらってくれたのがおそらく寝る前にやった学園+神社物エロゲで、コンフェティいいねやっふぅという落ちです。コンフェティでググった人がこのエントリにたどり着いてたらごめんなさいだけどもグーグル先生はそんな誤った導きをしないはずだ。コンフェティについては別エントリに続きをかこう。
アニメざくろでもざくろの描き込みは丁寧なのに、あげまきくんはけっこう色の入れ方からして適当ですよね・・。私はダンディなリケンさん一押しなのでいいのですが。
薄桜鬼はかなりたのしいです。というかいきなりお兄さん死んでびびったが、今回は近藤さんとの別れじゃないですか。展開はやいな。つか泣きそうだった。今回は。新撰組的には最終回でもおかしくない。けど、土方さんがメインだとすると函館までいくのでしょう。つか、沖田さん、でてこなかったが大丈夫なのか。まだ死んでないよね・・?
なんちゃらカレントという小説が、死を見ないようにしながら生活している様子を静かに描写しているとか聞いて読んでみたいなあと思ったり。
また朝になって、日常の感覚に戻るのが怖い。今の日常はどうにかしている。楽しみがない。逃避して安寧を得るにはどうしたらいいのかっなー精神的に。

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