ばたばた人死ぬし、バッティングセンターつぶれるし、そろそろ生け贄を差し出してお祈りしたほうがいいんではないですかね。

あまぞん、送料無料って、試行・試行延長・本格始動という流れで、三回宣伝してもらっていいですね。うまい戦略だー。

つか、パパ、いろいろかっちゃうぞー。

人の死は幼いころから理解してるし、知っているけど、どーも受けいられないです。
リアリティのある死が最近突きつけられた気がしたんだけども、非常に近い立場の人が死んだけれども、なんかリアルだと受け止めるのが難しい。おもーいーんですよねえ。

しかし、近くで死人がでなくても、人は毎日死んでるし、自殺は一日80-90人くらいだし、半分は病苦によりますが、残り半分は経済的とか仕事疲れだったりするわけです。ニュースにならなくて知らないだけでばたばたしんどるんだよなー。
あと近くで死んだからリアリティで、遠いから実感がないとか、そういうのもなんか違う。

しかし、生きるって言うのは死から目をそらして、忙しさで目をそらして、崖に向かって走ってるようなものですから、そんな他の人が死ぬことを考えていたら、生きていけなくなりますから、知らないのがいいんだろねー。
杞憂の人っていうのもいるけど、この世界が昨日同様存在するなんて保証はどこにもない、というのは正しい、のだけれど、それにおびえていては、生きれない。
哲学なんてやると気が狂ってしんでしまう。

というわけで、笑って崖に向かって全力疾走、あいきゃんふらーいするのが、イイネ!

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