米粉をこねてもグルテンネットワークが形成されないため、米粉パンは膨らみません。
「米粉ではパンを焼くことができない」というのが従来の常識でしたが、最近の研究で米粉パンを膨らます方法がいくつか提案され、一部は実用化されています。
米粉パンを作ろうと思い調べてみましたので、紹介します。
なお文献引用元は一次情報源ではないことがあります。
米粉パンの難しさ
米粉パンは、小麦の代わりに米粉を使って作るパンのことです。
小麦にはタンパク質のグリアジンとグルテニンが入っており、水を加えてこねると弾性の強いグルテンが形成されます。
小麦パンの場合は、イーストが吐き出す二酸化炭素を、このグルテンが風船のように包み込むことによって、パンがふくらみます。
一方の米粉のタンパク質は、グルテリンの一種のオリゼニンが主成分で、こねてもグルテンが形成されません。
そのため、小麦をすべて米粉で置換してパンをつくろうとしても、二酸化炭素が生地の外に出ていってしまうためあまり膨らまず、ケーキ状の重いパンになります。
小麦パンを作ることでさえ、パン職人という専門職があるくらい熟練した技術が必要なものですが、100%米粉パンはそれよりもさらに難しいことになります。
材料にゴムを使わずに、風船を作ろうとするようなものです。
従来は「米粉ではパンを焼くことができない」というのが常識でしたが、近年の研究により小麦パンに近いものがだんだん作れるようになってきています。
ただ、まだ小麦パンと同等かそれを超えるような米粉パンを作る方法は無いようです。
米粉パンを膨らますために
米粉でパンを作ろうとするなら、グルテンのように気泡を生地の中に蓄えられるようにする必要があります。
それには次のような方法があります。
小麦グルテン
グルテンが入っても構わない場合には、米粉に小麦から抽出したグルテンを入れます。
サンヨー/パナソニックのゴパンというホームベーカリーでは、次のような小麦グルテンを入れて米粉パンを作るようになっています。
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またグルテンフリーではない米粉パンミックスにも、米粉と小麦たんぱくが含まれています。
次の米粉パン用ミックス粉は、パナソニックのホームベーカリー推奨の製品です。新潟製粉が製造しており、グリコが販売しています。
原材料:米粉(新潟県産)、小麦たん白(豪州産)、砂糖(国産)、食用油脂、脱脂粉乳、麦芽糖、食塩、でん粉分解物、(一部に乳成分・小麦・大豆を含む)
- こめの香
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増粘剤
2つ目は増粘剤を加えて生地の粘度を上げることにより、気泡を保持できるようにする方法です。
グアーガム
米粉パンによく使われる増粘剤にグアーガムがあります。グアーガムはグアー豆から得られる多糖類で、食品の増粘剤としても広く使われています。食品成分欄に、「増粘多糖類」と表示されているのを見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
パンミックスでは、こめの香や熊本製粉のグルテンフリーミックス粉で使われています。
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グアーガムは単品でも手に入りやすいです。
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HPMC
HPMCという成分が使われることもあります。
波里のミックス粉の成分は、米粉とHPMCとトレハロースです。
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HPMCはヒドロキシプロピルメチルセルロースのことで、その水溶液には加熱されるとゲル化して増粘する性質があります。
ケーキに利用すると、ボリューム感をアップするとともに保水性を向上させることができることが示されています。
ヒドロキシプロピルメチルセルロースの使用基準改正に関する添加物部会 報告書(案)
またトレハロースは、焼いてから時間が経った時に、デンプンがβ化してパンが固くなる(老化する)のを防ぐのが目的と推測されます。
米粉パンの欠点に、膨らまないこと以外にすぐに固くなるということがありますが、これを軽減します。
トレハロースやマルトースは、デンプンに対してインターカレーションをして、β化(結晶化)しにくくすることができようです。
グルコマンナン
日本米粉純米パンミックスでは、グルコマンナン(こんにゃくマンナン)が増粘剤として使われています。
原材料: うるち米(国内産) コンニャクイモ抽出物(国内産)
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他の増粘剤
他に増粘剤として、キサンタンガムを使う方法や、家庭的な方法としてタピオカデンプンを使う方法もあるようです。
ポン・デ・リングのもちもち感もタピオカ澱粉によりできているそうです。
糊化
山形大学の西岡昭博氏のグループにより、糊化した米粉を使用して米粉の粘弾性を制御することにより、増粘剤を使用しなくても米粉パンが作れることが発見されました。
西岡昭博 他, 加熱・せん断粉砕による米澱粉の非晶化技術の開発とグルテンフリー食品への応用, 応用糖質科学 8 (2018) 63-69.
パナソニックのホームベーカリーの説明書に記載のグルテンフリー米粉パンレシピではこの方法が用いられています。
このレシピでは、もち粉と水あめで作った糊を使用します。
もち粉を電子レンジで加熱することで、糊化させ、パン生地の粘度を調整していると考えられます。
水あめをなぜ使うのかについては、水飴の主成分がマルトースであることを考えると理解できます。
マルトースは、波里のグルテンフリーミックス粉に入っているトレハロースと同様に、老化を抑制する役割があると推測されます。また保水性も上げることができると考えられます。
糊化したデンプンで生地の一部を代替することは生地の粘性をあげるだけでなく、焼成後の老化を抑制する効果もあるようです。
これは小麦パンでも、小麦の中のデンプンを熱湯で糊化させて使う湯種製法で利用されています。
湯種製法ではさらに種を一晩置くことで、小麦に含まれる酵素で糖化を進めて味を良くします。
ヤンマーでは米ゲル(ライスジュレ)という、米をゲル状にしたものを販売しています。
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小麦の20-30%を米ゲルに置換したパンでは、米粉パンの膨らみが増し、柔らかくなり、老化も抑制されることがわかっています。
ダイレクトGel転換による食品素材「米ゲル」とと加工食品への応用
高速せん断加工によりゲル化した米の添加が食パンの比容積と物性に及ぼす影響
自分で粥をミキサーで粉砕してゲル状にしても似たものが作れると思います。
低でんぷん損傷度で低粒度の粉
前述の西村氏のグループの村上らは、米粉の粒度を分級することにより米粉の粒度が生地の粘弾性に影響することを示しています。
西岡昭博 他, 加熱・せん断粉砕による米澱粉の非晶化技術の開発とグルテンフリー食品への応用, 応用糖質科学 8 (2018) 63-69.
適した粒度は106-75umと示されています。
ただ、この研究ではデンプン損傷度は考慮されていません。
その後の研究でデンプン損傷度が高いと、膨らみが悪くなるということがわかり、より細かい粒度でもデンプン損傷度が抑えられていれば膨らむ可能性があるとも考えられているようです。
なお、30%部分置換の米粉パンの研究では、デンプン損傷が抑えられるように水に浸してから粉砕した米ペーストを利用すると、通常の米粉を使用した場合よりも比容積が増すことが示されています。
貝沼やす子, 米をペースト状にして利用する新たな試み, 応用糖質科学 2 (2012) 18
その他にも米粉パンの特性に影響する米粉のパラメータには、アミロース含量、アミロペクチン構造、粒度分布および粒子形状、(たんぱく質)、損傷澱粉、吸水性などがあるようですが、研究途上の話題です。
松木順子, 米粉利用のための特性評価の現状と課題, 応用糖質科学 2 (2012) 7.
アミロース含有量が多いと膨らみますがパンが固く老化がはやいようです。
すくなくとも従来の上新粉などの米粉を、米粉パンに使うと粒が大きすぎて膨らみにくいということがわかります。
そのため、パン用に粉砕されたパン用米粉を使うようにしましょう。
また米粉は小麦よりも細かく粉砕しにくい上、無理に粉砕するとデンプンが損傷してしまいますので、家庭でもデンプン損傷を抑えた米粉を使用するようにすると、膨らみやすいことがわかります。
菓子用の1番挽きの米粉は、パン用の2番挽きの米粉よりも細かいですが、損傷度が高いものが多いようですので、パン用のほうがよく膨らむと思われます。
熊本製粉のミズホチカラの米粉は、米粉パン用に特殊な方法で粉砕された米粉です。
この米粉は低デンプン損傷度で、粒度が揃っているそうです。
入手性も悪くないので、米粉パンを作るならおすすめの米粉です。
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増粘剤を加えずに焼いても、膨らむのが売りです。
次は、熊本製粉公式のレシピです。
【九州ミズホチカラ米粉】ホームベーカリーでつくるグルテンフリー食パン
水につけてからロールと気流粉砕をするような二段階製粉法や湿式気流粉砕をつかっているのではないかと推測しますが、製法は企業秘密なのかもしれません。
ミズホチカラのアミロース含有量は23%程度の高アミロース米です。そのため、ごはんとして食べるにはタイ米のようにぱさつきがあり向いていませんが、粉砕しやすい性質があり、収量の多い多収量品種です。
ミズホチカラは、うちでも焼いてみています。パンの様子と食べてみた感想を次の記事で紹介しています。
熊本製粉のミズホチカラで、増粘剤も糊化もなしで米粉パンを焼く。[グルテンフリー]
デンプン損傷度を抑えて細かく米を粉砕する技術にはほかに酵素処理製粉技術がありますが、コストが高くなるようです。
米麹での前発酵
米粉に米麹と水を添加し混ぜたものを、55°Cで6時間以上前醗酵することで、米麹を添加しない米粉に比べて、パンの膨らみが約2倍程度向上すると報告されています。
アミロース含有量が15%以上で膨らみ、20~25%が膨らみと食感の面で適しているということです。
ただ発酵臭がするのが問題点のようです。
グルタチオン
トリペプチドであるグルタチオンを添加する方法も農業・食品産業技術総合研究機構の矢野氏が提案しています。
グルタチオンによって、米粉のタンパク質で多い分子内ジスルフィド結合を、分子間結合に変えて、グルテンのようなネットワーク構造をとれているのではないかと矢野氏は推測しています。
矢野裕之, グルテンフリー米粉パンの紹介と開発の経緯 , 食品と容器, 52 (2011) 373.
しかし、グルタチオンは日本では医薬品として扱われ食品添加物として認められていないのと、一般には手に入りにくいので、家庭での米粉パンづくりには使用しにくい方法でしょう。
まとめ
グルテンフリー米粉パンを作るならば、グアーガムなどの増粘剤が含まれたミックス粉を使うのがてっとり早そうです。
単純に考えると、パン用に低デンプン損傷の粒度の揃った米粉を使い、糊化と増粘剤の両方を使うなどとあわせ技をしたら良いようにも思えますが、生地が粘りすぎてもだめなようですのでそう簡単にはいかないのかもしれません。
米粉パンを小麦パンのように膨らます方法は、研究真っ最中の事柄で、まだ誰も知らないわけですので、寒天・ゼラチン・春雨を混ぜるなど色々と自分の方法を試してみて、簡単によく膨らむ方法を見つけられたら楽しいでしょうね。
もちろん、小麦パンよりも粘弾性を精密に制御する必要がありますから、小麦アレルギーではないという方はまずは小麦パンが余裕でつくれるくらいの技術をつけてからのほうが良いと思います。
以上、米粉パンを膨らます方法。でした。